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庭を訪れる小鳥達

200711

宇佐美 保

 

 新年早々、不安や不満を書き連ねるのも気が滅入りますので、そして、そのような駄文をお読みいただくのも、申し訳なく存じますので、今回は、「我が家の庭を訪ねてくれる小鳥達」を紹介させて頂きます。

 

 十年前でしょうか?

野鳥関係の本に

“スズメは大変用心深いので餌箱を設置しても、なかなか食べに来ません。
その代わり、スズメが食べに来るようになると他の鳥達も食べに来ます。”

と書かれているの見ました。

 

 そこで、庭に餌箱(穀類)を(猫に襲われないように、地上1メートル50センチ位の高さに)設置してみました。

 

案の定、スズメはなかなか来ません。

しかし、暫くすると本に書かれている通りに、スズメが餌箱にやってきました。

それにつれて、四十雀もやってきました。

 

 餌箱の大きさは、縦横高さが各々15センチ位ですから、餌は一度入れたら、一ヶ月位は補充しなくても十分と思っていました。

ところが、又、暫くしますと、スズメは一度に2030羽との団体で来るようになりました。

するとなんと、餌箱の餌は、20分位で空になってしまうのです。

(餌の穀類は、殻を予め除去したあるとの事でしたが、やはり殻は若干付いていますので、食べたあとの殻が餌箱にあっては邪魔な為(?)スズメ達は嘴を大きく左右に振って殻を弾き飛ばします。この時多量の餌も弾き飛ばし、地面に落としてしまうのです。

ですから、食べる量より弾き飛ばされた餌の量が多かったでしょう。)

 

 このように、沢山のスズメが来ますと、四十雀は、スズメ達を恐れて餌箱に寄り付かなくなってしまいました。

そこで、又、野鳥の本を見ますと、四十雀はヒマワリの種が好物と書いてありました。

その上、このヒマワリの殻は固いので、スズメはその殻を破れないが、四十雀はその殻を破って食べる事が出来ると書いてありましたので、四十雀用にヒマワリの種の餌箱を新たに用意しました。

 

 これで万歳万歳!となると期待したのですが、世の中そう甘くはありませんでした。

鳩がやって来るようになったのです。

平和の象徴の鳩ですが、スズメや四十雀にとっては、とても力では太刀打ちできない米国のような存在です。

餌は全て鳩に独占されてしまいました。

 

 そこで、仲裁役の私は、

スズメや四十雀が通り抜けられるほどの穴を有する金網で、
餌箱を鳩の侵略から防御してあげました。

鳩は、スズメが庭に落とした穀類を、餌箱にありつけないスズメと一緒に食べています。

 

 そのうち、冬になり椿の花が咲くと、その花にヒヨドリがやってきました。

ヒヨドリの好物には、りんごやミカンが紹介されていましたから、それを木の枝などなどに刺しておきましたら、ヒヨドリと又メジロも来るようになりました。

 

 更には、赤みがかったオレンジ色の大きな嘴(と足)を持つムクドリも来ました。

でも、このムクドリは、一羽或いは2羽くらいで来るヒヨドリやメジロと違って、数羽が一緒に来ますから、メジロは当然ながら、体がほぼ同じ位なヒヨドリも追い払ってしまいます。

ムクドリが餌を悠々と食べている間、ヒヨドリは、近くの枝に停まり翼を小刻みに震わせています。

恐怖で震えているのか?それともムクドリを威嚇しているつもりなのか?まるで貧乏ゆすりのように!

 野球選手の鑑でもあるカル・リプケンが活躍していたチームである、メリーランド州ボルチモア市を本拠地とする大リーグのボルチモア・オリオールズの野球からは、我が家に来るムクドリ(オリオール)の乱暴性(宮崎駿の映画『ラピュタの城』の海賊達(空賊達?)のような)は想像できないのです。

 

 そこで、

一番小さなメジロの為に、メジロ専用のミカンやオレンジジュースの容器を、
スズメや四十雀と同様に金網で囲ってあげました。

 

 でも、不思議な事に、この冬は(昨年暮れの11月頃に一度くらい訪れただけで)ムクドリの訪問は途絶えています。

ですから、メジロと、ヒヨドリは、同じミカンやりんごをついばみ、オレンジジュースを飲んでいます。

 

 ムクドリの訪れが絶えている事は、こんなわけで悲しいと言うより嬉しくもありますが、この冬も、招かれざる客が来ました。

その客は、体長が30センチ以上もある緑色のインコです。

この大きなインコは、ヒヨドリたちを追い出し餌を皆食べてしまうので、私はインコを見かけるたびに、お帰りを願っています。

 

しかし、残念なのは、毎年夏の頃には訪れてくれたカワラヒワがこの数年来てくれなくなりました。

カワラヒワは、四十雀とほぼ同じ大きさでヒマワリを好物にしています。

四十雀は、とても警戒心が強く、
餌を入れた籠(周りを金網で囲んでいる状態)で、
ヒマワリを嘴で確保するや否や籠から、我が家の庭から飛び去り、
ご近所の木の中でヒマワリを足で枝に固定して
嘴を使って殻の中心部に綺麗に穴(幅が
1ミリほどで縦長の穴)を明けて中味を食べています。

(この為、ヒマワリの殻をご近所中に散らかしてしまうのです。申し訳ないことです。)

ところが大きな嘴を持つカワラヒワは、
籠の中で、ゆっくりと嘴の力でヒマワリの殻を破って
のんびりと留まっていてくれたのです。

 

 でも、今年の冬は、アカハラが一羽来てくれました。
(お断り;最初、野鳥の本を見て色形からキレンジャクと思っていましたが、あるお方から”キレンジャクが来るとはうらやましい”とのメールを頂き、改めて本などを見直しましたら、どうやら私の勘違いのようで、アカハラのようでした。
そして、このアカハラは毎日来てくれています。
それから、その後やはり、一寸残念ですが、ムクドリは毎日来るようになりました。)

 

 梅の花が咲く頃には、ウグイスも訪れてくれていました。

ウグイス色と言われていますが、ウグイスの羽の色は私達が日頃馴染んでいるウグイス色よりもより暗く茶色がかった色です。

(メジロの羽の方がずっとウグイス色です。)

そして、その暗く茶色がかった尾羽を上下に小刻みに動かしながら、地面近くを跳ね歩き、餌箱などの餌よりも虫などを探しているようでもありました。

こんなウグイスにもこの数年お目にかかっていません。

今年は遊びに来てくれるでしょうか?

 

 たとえウグイスが来てくれなくても、メジロさえ来てくれていたら、どんなに寒い冬の日でも、私の心を暖めてくれます。

メジロは他の鳥と違って、警戒心が欠如しているかのように、のんびりしています。

 

 スズメなどは、餌箱の様子が少しでも変ると(金網を張り替えたり、餌が直接地面に落ちないようにお盆で受けるように)、数日間は餌箱の直ぐ近くまで近付いても(ホバリングを繰り返すだけで)、金網をくぐって餌を食べる事はありません。

又、餌を食べている時でさえ、ガラス越しでも私と目が合っただけで、一斉に飛び去ります。

 

 ところが、メジロは目があっても、更に、私が、大好きな歌劇「トゥーランドット」のアリア“誰も寝てはならない”を大きな声で歌いだしても、のんびりとミカンをついばんでいます。

こののんびりした可愛いメジロを目にしていると心が和みます。

パソコンで疲れた、私の目に休養と滋養を与えてくれます。

この大事な私のお客様も、暖かい春の訪れと共に、どこかの山に帰ってしまいます。

 

 それでも、スズメは一年中訪れてくれます。

5月か6月になると、子どもを連れてやってきます。

 

 そして、誰でも感じる事ですが、私のお客様たちを見ていて感じる事があります。

鳥さん達は、誰も互いに殺傷しあう武器など持っていません。

なのに、私達人間は憲法を変えてまでして、武器を持ちたがります。

核兵器まで持ちたがります。

不思議な事です。

 

 偉大な芸術家のダビンチさえも、戦車、連続発射銃などの武器の開発に心を砕きました。

(彼の生きていた時代が時代だったからとも云えますが。)

しかし、

ダビンチは、鳥のように自由に空を飛ぶ為に、
彼の残されたスケッチ帳に書かれている有名なヘリコプターの原型を開発していました。

そのアイデアは、彼の頭の中だけから生まれたのではないのです。

キチンとした実験をしていたのです。

 

 空気中を飛ぶ鳥の翼の働きを見るには、当然ながら風洞実験などが必要不可欠でしょう。

でも、彼の時代では、それは出来ない相談だったでしょう!?

ではダビンチはどうしたのでしょうか?

ダビンチは、空気を水に、鳥の翼を木の板に見立てて実験をしたそうです。

それも、翼(木片)が空気(水)中を動くとの運動の関係を、
彼の実験では、翼(木片)が空気(水)が動く関係(相対的には同じ、現在の風洞実験と同じ関係)に直して実験したようです。

即ち、水の流れに対して木片を色々な角度に設置して、
木片に掛かる力、水流の変化を観察する事で、
木片(翼)に掛かる揚力の存在を認識できたそうです。

 

(この件は、私がテレビ(ケーブルテレビの「歴史チャンネル」)から得た知識です。

そのテレビは、日本人全員を堕落させようとの陰謀とも思える、くだらない馬鹿番組を垂れ流している民放ではありません。

その上、自分達が一生働いても得られない、数億円もの年収を、くだらないタレントへ捧げているテレビ局へ、誰も抗議しないのが不思議です。

私は、チャンネルをカチャカチャ動かす時以外は、民放を見るのを辞めました。)

 

新しい発展には、実験が不可欠です。

 

 私事で恐縮ですが、私の電気に対する新しい理論(『コロンブスの電磁気学』)も実験なくしては不可能です。

(この件は、拙文《『コロンブスの電磁気学』の概略》をご参照下さい。)

(そして、それらの大部分の実験は、150年以上も前の偉大な科学者ファラデーが使用不可能だった高性能の電気測定機器を用いての実験です。

私の理論は、ファラデー、マクスウェル等によって確立されている電気理論をすべて覆していますが、ファラデー等が、150年以上も前といえども、私が使用させて頂いている高性能の電気測定機器を用いて実験していたら、私と同じ理論を確立していたかもしれません。)

 

 そして、

一般的な人間社会の問題の新たな発展も実験が不可欠です。

しかし、この一般的な人間社会の問題を新たに実験する事は問題です!と言うより無理でしょう。

 

 で、

私が云うまでも無く、この実験の代用品が「歴史」です。

だからこそ“歴史に学べ!”との言葉があるのです。

 

 ところが、この大事な歴史を、全て歴史家に委ねてしまって自分の妄想のみで国民を不幸に導こうと図っているとしか思えない人物が我が国の首相になってしまったのです。

 なにしろ、

安倍首相は、60年も前に起こった戦争の評価を
“今後の歴史家の判断に委ねる”と言って、
悲しい戦争の歴史から、悲しい貴重な戦争実験の結果から何も学ぼうとしていないのです!

 

 圧倒的な武力を有する米国が、ベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争を〈仕掛け〉戦い悲惨な失敗

(圧倒的に強力な武力が勝利を齎さない)

の歴史を繰り返しているのに、その歴史をしっかり検証せず、その実験結果を正確に分析せず、その悲しくも貴重な実験から安倍氏同様に何一つ学ぼうとせず、

安倍氏は、憲法を変えて、米国並み(?)の武器を持とうとしています。

 

 更には、安倍氏は、フセイン元大統領に対する死刑が判決確定からわずか4日で執行されたことに対して、抗議の声を上げる事はありませんでした。

安倍氏の談話は次のようです。(朝日新聞より)

 

 フセイン・イラク元大統領の死刑執行について安倍首相は30日、「我が国は、イラクが国内の困難な課題を乗り越え、安定した国となることを期待しており、国際社会と連携しつつ引き続き支援していく考えだ」との談話を発表した。

 

 この早期な処刑によって、フセイン元大統領が犯したと言われている

クルド人約18万人の虐殺
化学兵器が使用され約5000人が死亡
そして「クウェート侵攻

などの歴史の重要な解明が困難になったというのに!

(この件は、次の拙文《フセイン元大統領と共に闇に葬り去られた真実》に続けたいと存じます。)

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